【草履散仙】~ 周欣宜 チョウ・シンイーさん~
一足のわらじは、長い旅の始まりから
今の時代、靴を買うのはとても簡単なことです。お店に入り、好きな色とサイズを選んで、試し履きをして、支払いをすれば、靴はすぐに私たちと一緒に家へ帰ります。
けれど「草履散仙(ツァオリー・サンシエン)」にとって、一足の靴はそんなふうには始まりません。目的地のない旅から、見知らぬおばあさんの手から、一本の植物から、手元に残された古着から、そして自分でもうまく言葉にできない心の中の思いから始まります。そこから長い時間をかけて編み、歩き、人と出会いながら、ようやく一足の靴になっていきます。
わらじとの出会い
欣宜(シンイー)がわらじと出会ったのは、2018年、休学中に出かけた旅がきっかけでした。ひとりで中国・雲南省の大理を訪れ、古城で二か月半を過ごしました。毎日、ペー族のおばあさんの露店に通い、布わらじの編み方を教わりました。おばあさんの名前は小秀(シャオシウ)さん。刺繍をし、店番をし、欣宜に靴の編み方を教えながら、自らの苦難に満ちた人生を語ってくれました。その言葉は、今も「草履散仙」の中で静かに息づいています。
台湾に戻って、この土地のわらじを探す
台湾に戻って学業を終えたあとも、欣宜の心の中には、ずっと消えない声がありました。「わらじづくりを、このまま続けてみたらどうだろう?」
数年後、彼女は彰化の田舎にある、がらんとした古い家に引っ越しました。そしてもう一度、学び直しを始めます。この技術が今の台湾社会で生きていくとしたら、どんな姿に育つのだろうか、と。
雲南で学んだわらじをそのまま真似するつもりはありませんでした。台湾の植物には何ができるのか。台湾にはかつてどんなわらじの文化があったのか。どんな素材がこの靴にふさわしいのか。そして、自分が暮らすこの土地に本当にふさわしい靴とは何なのか。
こうして彼女は、台湾の植物繊維を探し始めました。2022年の夏、台湾最南端の恒春まで足を延ばし、すでに衰退しつつあったサイザル麻(瓊麻)を探しました。
かつてサイザル麻は、山一面に広がり、恒春半島の繁栄を象徴する風景でした。1901年に中南米から台湾へ導入されると、日本政府は50年足らずのうちに、栽培試験から工場の建設、繊維採取の機械化までを一気に進めました。屏東・恒春一帯の栽培面積は1万ヘクタールを超え、軍需産業の要となりました。
森林は広範囲にわたって伐採され、農民たちはこの強い経済作物の栽培に殺到しました。「東洋の光」と呼ばれたサイザル麻は、防腐処理を施されて、軍用ロープや軍艦の係留索、麻袋、漁網、日用品の材料として重宝されました。1930年代は、まさに日本が軍事拡張へと突き進んでいた時代です。葉の汁を搾り取った後の繊維は銀のように白く、「瓊麻が糸を紡げば高楼が建つ」という言葉も、確かに本当でした。ただしそれは、土地や加工、買い付けの権利を握る、ごく一部の人々のことでした。
1950年代に入ると、変化は雪だるま式に加速していきます。ナイロン技術の導入、日本の敗戦、アメリカの援助、土地改革、そして台湾の近代化。戦争の需要で栄えたサイザル麻産業は、戦争の終わりとともに衰えていきました。世代から世代へと暮らしをつないでいく日々は厳しく、多くの記憶が語られないまま忘れられていきました。
人影もまばらなサイザル麻産業の歴史展示エリアの前に立ったとき、欣宜は初めて心から感じました。ひとつの素材が消えるということは、ひとつの暮らし方が消えるということなのだと。
各地を巡る田野調査を経て、彼女はサイザル麻をわらじの主な植物繊維に選びました。丈夫で腐りにくく、かつて台湾の人々の日常に確かに存在していた素材だからです。「草履散仙」がやりたいのは、サイザル麻をもう一度靴の形にすることだけではありません。それを再び「暮らし」の中へ戻すことなのです。
古着も、一足の靴になる
もう使われなくなった衣類や布は、誰の身の回りにもある宝物です。新しい布を買うよりも、すでに私たちのそばにあって、次の旅を待っている素材を優先して使いたいと考えています。
伝統工芸、台湾の素材、再生した布、そして現代の暮らし。そのあいだで、新しいバランスを探しています。
「草履散仙」とはどういう意味?
「履」という字は、古い字形では人の身体や、踏むこと、行動することと深く結びついています。「散仙」は台湾語で、のんびりとして、ぼんやりしている様子を表す言葉です。幼い頃から、お母さんが欣宜を形容するときに使っていた言葉でした。
だから欣宜にとって「草履散仙」とは、決まりごとに縛られることを好まない、自由な存在のようなものなのです。
一足の靴は、人との出会いでもある
作り続けるうちに、欣宜のもとにはたくさんのお客様の物語が届くようになりました。80歳のおじいさんは、幼い頃にお父さんがわらじを作ってくれたことがあるからと、注文してくれました。ある詩人は、伴侶のために書いた詩をもとに、その詩のイメージを宿したわらじを依頼してくれました。数え切れないほどの、美しいご縁があります。
ブランドを立ち上げて三年半あまり。足元のことが、今も欣宜を強く惹きつけています。毎日編むことと向き合うなかで、彼女は少しずつ気づいていきました。わらじの工芸が尊いのは、それが結びつけてくれる人々、そして人と土地との関係にあるのだと。わらじは、植物から生まれた、修理しながら使い続けられる日用品です。
履きつぶれたら、直して使う。もう使えなくなったら、自然へ還る。
現代社会に生きながら、そんな暮らしの感覚を持てたなら、それはとても甘やかなことだと、彼女は信じています。
だから彼女は、これまでの道のりで体験し、学び、まとめてきたわらじの歴史を、これからの創作や教室、分かち合いの中に編み込み続けています。布わらじ、ワークショップ、コミュニティ、シェア会、さまざまなアートの活動を通して、異なる民族や異なる土地に存在してきたわらじの文化を、より多くの人に知ってもらいたいと願っています。
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出来上がったばかりのわらじは、ただの一足の靴に見えるかもしれません。けれど実際には、あなたの足元へたどり着くまでに、もっと長い時間をかけてきました。
私はこの先、自分がどこまで歩いていくのか分かりません。でもわらじが、「人は、長い歩みのなかで、どのように土地と向き合って生きるのだろう?」と問いかけてくるとき、私は自分の長い歩みをもって、その答えを探す小さな結び目のひとつになりたいと思います。
歩きながら、作りながら、そしてどう答えるかを学びながら。
補充說明
表記は、読みやすさを優先してひらがなの「わらじ」で統一しました。商品名など目を引かせたい場面では「ワラジ」や、英語併記の「WARAJI」も使えます。
「わらじ」は本來「わら(稻草)」を指す語ですが、日本でもすでに「草鞋=編んだ履物」の總稱として通用しているため、瓊麻(サイザル麻)や布を使っていても違和感はありません。
「布わらじ」で素材の特徴が伝わります。初めての方向けに、冒頭付近に「編んで作る、鼻緒のない結び履きの履物」といった一文を添えるのも一案です。
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