コラム

信州きのこ 完熟ぶなしめじを手掛ける 【宮澤きのこ園】~保立 稔さん~

長野県上田市にて1976年からきのこ栽培をされている宮澤きのこ園。創業者の宮澤明氏はもともと貿易会社に勤務するも、子供を田舎で育てたいという思いから、地元・上田に戻りエノキ農家だった親戚のもとで修行。そして「きのこ栽培は自分で失敗して覚えろ」という親戚の言葉をうけ、わずか2か月で自社農園を開業します。当時はエノキの買取価格も高く、失敗を繰り返しながらも農園は順調に成長していきました。そして平成3年よりきのこ専業農家から、きのこ観光事業にシフトします。きっかけは、きのこ価格の下落。また、地元である別所温泉には大型バスで寄れるレストランがなく、お客さんが他の地域に流れてしまうという問題もあり、地元の人々の後押しを受け、観光バス2台を収容できる「きのこレストラン深山」を開設します。ちょうど上田・佐久地域への松茸観光ブームも手伝って、施設を拡大し成長させました。

創業者の宮澤明社長と奥様

このように宮澤社長の時代を見据えた経営手腕に感心してしまいますが、今回お話を伺ったのは、現在主にきのこ栽培を担当されている保立さんです。観光事業は施設をどんどん拡大している一方、きのこ園は創業当時からの変わらぬ手法を守っています。「大手の会社が持つ最新の設備や機械に頼るのではなく、私たちは昔ながらのやり方で、きのこをひとつひとつ手に取り、目で確かめながら、大切に育てています。きのこの培地であるオカクズの配合にもこだわり、小さい農家だからこそできる一般には流通しないこだわりの商品を生産しています。」

きのこ工場。きのこ栽培の為に作られた機械はどれも創業当時のままだそう。

その代表が「完熟ぶなしめじ」。しめじに完熟があるの?と思われる方も多いかもしれません。宮澤きのこ園の完熟ぶなしめじは通常より栽培期間が長く、菌を植えて100日ほど培養し熟成させ、その後20日間かけて発芽・生育。そこからさらに待って傘が大きく開くまで待つそうです。一般に流通する「ぶなしめじ」は見栄えの観点や配送時に傘がかけにくい「つぼみ」の状態で出荷されているそう。やはり果物もそうですが収穫直前まで完熟させたものはおいしい。きのこも同様、完熟したものは風味豊かでしめじ特有の「苦味」もないそうです。

傘が大きく開いた完熟ぶなしめじ。完熟されているので味も香りも濃い!

きのこの栽培の工程は大まかに①菌床仕込み→②殺菌→③接種→④培養→⑤菌掻き→➅芽出し→⑦収穫だそうです。私もお話を伺うまでこんなに多くの工程があることを知りませんでした。これを手作業で主に二人で行っているというからすごい重労働!ここでは完熟ぶなしめじの工程を簡単に説明します。
まずは培地といわれる菌床の仕込み。オガクズ、こぬか、ふすまなどを栽培用のビンに入れていく「ツメ」という作業です。

培地を入れる作業。瓶にまんべんなく詰めていきます。

培地を入れた後は真ん中に穴を開ける機械にはいります。穴をあけることで、後で植える種菌が、この穴に落ちて培地全体に回りやすくなるそうです。この後菌床を殺菌するため釜に入れます。

菌床を常圧釜で90度7時間蒸す作業。夏は暑さとの戦いだそうです。

「釜たき」はきのこの菌糸が嫌うバクテリアやきのこ以外の菌を殺すため、常圧殺菌釜に入れ、90度で約7時間かけて蒸し上げられます。「釜たき」で高温殺菌をしたビンを一晩おいて、培地の中が15度くらいになると「接種」とよばれる種まきの作業に。雑菌が入らないよう最も気を遣う作業だそうです。接種の終わったきのこのビンはこのあと培養室へ。

この培養室で約50,000本のビンが培養中。

培養室は室温23度、湿度約60%で培養から熟成されます。普段は灯りはついてなく真っ暗だそうです。100日かけてビンの中で菌糸を育成。茶色だったおがくずなどの培地は、菌糸が伸びると白くなっていきます。培地の中に菌がまわるのを待ち100日間の培養・熟成を終えたきのこは次に「菌掻き」といわれる作業に入ります。

菌掻き機では培地表面の菌糸と種菌を削り取り、菌に刺激を与えることで発芽を促し、そこへ水をやって生育を促す工程だそうです。「菌掻き」を終えたきのこは、培地に水分が浸透するのを待って生育室の棚へと運ばれてゆきます。

ここで初めてしめじに日をあてます。

生育室は湿度90%、温度15度に設定されています。まずは6段ある棚の上3段へ。ここは光の当たらない薄暗い棚で「芽出し」が10日間かけて行われます。その後下3段へきのこを移します。ここで初めて光が当たり「生育」の10日間が始まります。そして完熟までまったしめじはようやく収穫となるのです。

ふっくらとして美味しそうなぶなしめじ。

保立さんにキノコ栽培の難しさをたずねると「同じように温度や湿度を管理していてれば、同じように育つはずだがそうではない。ひとつひとつ手に取り良く観察し、毎回何が原因なのかを突き詰めていかなければならない。また雑菌との戦いでもあります。雑菌が入ってしまうときのこの菌が負けてしまい、上手に育たないんです。かといって神経質になりすぎてもいけない。育たないものは育たないという大らかな気持ちで見守っています。」どこか子育て論にも通じるようです。

時代とともに様々な変遷をとげていますが今後の展望を伺うと、「きのこ農家もやはり高齢化がすすんできています。きのこ業界も大手企業が強いため、きのこ自体ではもうかりません。今後は6次産業をすすめていきたい。栽培から加工、販売までを担いたい。きのこ農家の星になりたいですね。」今後の展開も楽しみです。

5種類のきのこが入った詰め合わせセット。色々な料理が楽しめます。

きのこ栽培に携わる保立さんイチオシのキノコ料理を伺ったところ一番のおすすめはきのこソテーだそうです。フライパンにオリーブオイルをひき、きのこに軽く焦げ目がつくくらいまで動かさない。焦げ目がついたら裏返し裏面も焼けたらオリーブオイルにアンチョビを入れきのこにからめればできあがり。白ワインに合うそうです。想像しただけでも美味しそうです。

最後にお客様へのメッセージを伺いました。「とにかく一度食べてみてください。食べたらわかる美味しさです。」商品に自信があるからこそ言えるお言葉でした。

文:臼田美穂

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