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信州味噌の原点を守る。和泉屋商店「和泉蔵みそ」に込められた160年のこだわり

信州味噌の原点を守る。和泉屋商店「和泉蔵みそ」に込められた160年のこだわり

嘉永6年に創業以来160年に渡り、佐久の地で味噌づくりを行ってきた和泉屋商店。今回は、5代目代表の阿部博隆さんに、商品へのこだわりと、味噌づくりに込めた想いを伺ってきました。

佐久市の岩村田商店街の一角にある和泉屋商店。かつて加工場であった蔵の入口には、味噌仕込みに使われていた大きな樽が。「私が子どもの頃は、この樽に、40キロの樽をかついで味噌を運び、2トン近くの味噌を入れていました。中に梯子をかけて、板を敷いて足が沈まないようにするんですよ。」

これだけの量の味噌を手作業で仕込んでいたとは…!

 信州みそ発祥の地とも言われている、佐久市の安養寺近くにある和泉屋商店。佐久平産の大豆を100%使用した「安養寺味噌」 は、鮮やかで辛口を特徴とする信州味噌原点の「色合い」「味」「香り」を再現しています。「現在、国産の大豆を使って味噌を作っているところはほんのわずかになってしまいました。安心安全な素材で味噌を作るために、毎月の仕込みでは、その時の最もよい状態の国産大豆や米を仕入れて加工しています。特に、安養寺味噌に関しては、地元佐久平産の大豆を使用しています。」 また、ここ佐久平は、地下水と湧水が豊富で、浅間山からの硬水と八ヶ岳からの軟水が届き、ミネラル分を多く含んだ水を使うことができ、味噌づくりに適した環境なのだそうです。

信州味噌の原点を再現した、こだわりの「安養寺味噌」

現在では、大型の装置やベルトコンベヤーなどを用いて大豆の蒸煮、麹の仕込み、材料を撹拌してミンチ状にするところまでを一括して行い効率化を図るとともに、長年の知識と経験をもとに職人さんが温度や湿度を調整して麹の発酵状態の管理を行っているそうです。
また、通常、味噌づくりでは、蒸煮した大豆を潰してから塩、麹と混ぜ合わせますが、和泉屋商店は、大豆を蒸煮して塩、麹と混ぜ合わせてから大豆を潰します。これは、大豆のうまみを長く閉じ込めておくために、和泉屋商店が創業当初から続けている独自の工法だそうです。

3つのコンベヤーで麹・大豆・塩が中央に集められます。
熟成室は、専用の桶に詰められた様々な年代の味噌が寝かせられていて、芳醇な香りでいっぱいでした。ビニールで蓋をし、発酵時に出るガスの層を作ることで、発酵の質が良くなるそうです。

「古くて新しい」をテーマに新しい商品を生みだしてきた阿部さん。「食卓に塩と醤油は置いてあるけど、味噌は置かれないですよね。味噌も他の調味料と同じ食卓の脇役にしたくて。それで生まれたのが、『カケルミソ』です。他にも、味噌を使ったスイーツとして、味噌マカロンや味噌ポップも誕生しました。味噌の魅力を若い人たちにも伝えたい、そして色々な世代の方に、気軽に味噌を使ってほしいと思っています。」

味噌をパウダー化し調味料のように食卓に並べてもらえるように開発した「カケルミソ」

「味噌はあくまで嗜好品で、人それぞれこだわりや好みがあると思います。様々な味噌が簡単に手に入るこの時代だからこそ、国産大豆を100%使って安心・安全な味噌、そして創業から160年以上も伝統的な製法を守りながら豊かな水や良い原料が揃うこの地で作る味噌をぜひ、全国、世界の皆さんに楽しんでいただけたらと思います。」
伝統を守りながら、新しさを追求し続ける和泉屋商店。ぜひ一度ご賞味ください。

文:松本菜穂

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顔の周りにたくさんのミツバチが集まっている「はちひげおじさん」こと荻原義三さんの看板で有名な、軽井沢町の荻原養蜂園。ii7GET店長・臼田も、幼い頃から「はちひげおじさん」や荻原養蜂園の蜂蜜が身近な存在だったそうです。今回は、現在、代表取締役を務められている荻原さんの娘さんである新井みどりさんにお話を伺いました。 「はちひげおじさん」で有名な二代目の荻原義三さん 1936年創業の荻原養蜂園。創始者である先代の荻原正次郎さん(みどりさんの祖父)は、戦時中であった当時、御代田町で養蚕を行い、レタスなどの高原野菜の生産を提案するなどの開拓家だったそうです。(今では軽井沢の気候を活かして栽培したブランド野菜として知られる、霧下野菜の先駆者ということですね!)そんな正次郎さんが次に始めたのが養蜂だったそうです。初めのうちは、「転地養蜂」(開花を追いかけながら場所を変えて行う養蜂)を採用し、暖かい千葉、群馬、長野県内の暖かい地域で養蜂を行っていました。 養蜂の様子 本格的な商業として養蜂に取り組んだのが、みどりさんの父である荻原義三さん。ミツバチの飼育数も増え、巣箱とミツバチを移動することが大変になってきた頃、周辺でダムの建設などが盛んに行われ、蜜源であったトチの木が切り倒されるという事態が起こりました。「このままだと、蜜源である花も少なくなってしまう。それならば、自分たちの牧場で花や木を育てて蜂を育てたい!」と作ったのが、佐久市望月にあるハニー牧場です。東京ドーム一個分の広大な山林を買い取り、トチの木の苗づくりやアカシアの植林を経てミツバチを導入。約30年の歳月をかけて、荻原さんは日本初のハニー牧場を作ることが出来ました。「平地だと開花時期が限られる一方で、山だと順々に花が咲きます。この土地ならではの標高差を利用して、より長い期間で蜂蜜を採取できるようにしています。自家牧場の蜜源の確保、ミツバチの養成、そして蜂蜜の採取から出荷まで一貫して行うことで、安心安全な長野県産の蜂蜜を届けられるようになりました。」 佐久市望月のハニー牧場 (左)トチの花  (右)アカシアの花 ハニー牧場を続けていく中で大変なこともあったそうです。「近年では、周辺に住宅が増えるなど環境も変化しており、巣箱の置き場所も考えるようになりました。2019年の台風19号の際も、アカシアの枝が朽ちて流れ、ゴミを巻き込んで川を氾濫させてしまったことがあり、それ以降アカシアの枝を大幅に剪定するようになり、それに伴い採取できる蜂蜜の量も大きく影響を受けました。また、温暖化に伴い、花の開花時期が重なり、単花蜂蜜が採れにくくなり、蜜源の開花時期の見極めも難しくなってきているという現状もあります。」 それでも荻原養蜂園は日本のミツバチ、そして蜂蜜を守り、届けていくことを続けていきます。「アインシュタインが『ミツバチがいなければ、世界中の作物はなくなっている』と言ったように、ミツバチは花をはじめ植物を救っています。キャベツの花紛もミツバチが運んでくれます。ミツバチを守ることは、自然を守ることに繋がります。この自然連鎖を守ることに貢献していきたいと考えています。」(現在、世界中で農薬や除草剤の使用によりミツバチの数が激減していることが問題になっています。) ミツバチと蜜源である花や木を守っていくこと。私たちにとっても大切な問題です。 「日本で販売されている蜂蜜の95%が中国産です。残り5%の国産蜂蜜の生産量ナンバーワンが長野県です。国産の蜂蜜は、外国産と比べると湿度がある風土でできるため、水分量が多く、なめらかで美味しく、その分養蜂にも技術が必要となります。また、四季折々の花から採れる蜂蜜は、それぞれ風味があり、味も洗練されています。そんな国産の蜂蜜をぜひ海外のものと食べ比べてみてほしいです。」四季があり、自然豊かな長野県だからこそおいしい蜂蜜が採れるのですね。 技術を必要とするニホンミツバチの養蜂 最後に、お客様へのメッセージを伺いました。「私たちは、蜂蜜本来の美味しさを安定してお届けできるよう、糖度をはじめとする品質の管理を徹底し、自社の遠心分離機で採蜜し、非加熱で出荷しています。ぜひ、ミツバチが一滴一滴運んでくれた様々な花の蜂蜜を楽しんでいただきたいです。」 荻原養蜂園では、現在500箱の巣箱を育てており、スーパーでは並ばないような、リンゴや蕎麦など長野県ならではの蜜源の蜂蜜もあり、バラエティ豊かな蜂蜜が味わえます。ぜひ、代々守り継がれてきた長野県産の蜂蜜をご賞味ください!! (左)りんごの花  (右)そばの花 文:松本菜穂
Busy Fingers 羅婉禎さん
Busy Fingers 羅婉禎さん
Busy Fingers は2018年にはじまった、”手の直感に従うものづくり”をコンセプトにした手編みブランドです。指を道具としてマクラメ(Macramé)編みの技法を中心に、自然や世界の文化の色彩と素材をモチーフにし、様々な素材を組み合わせたアイテムを制作しています。 Busy Fingersは、ホームアクセサリーやジュエリーを展開するブランドです。作品には、純綿、リネン、リサイクル糸、再利用糸を使用し、化学繊維の使用を抑えているのが特徴です。 マクラメ・コレクションは、さまざまな色や異素材を組み合わせや独自のスタイルを表現しています。 グラフィックデザイナーとして10年以上のキャリアを持つ羅さんは、インテリアとボヘミアンスタイルが好きでした。あるときマクラメに出会い、マクラメ編みのホームアクセサリーに魅了された羅さんは、独学で技術を身につけました。マクラメはアラビア語に由来し、かぎ針や棒針を使わずに、糸や紐を結んで幾何学模様を作ることを意味します。古くから世界中に伝わる伝統工芸品でもあり、欧米の家庭で広く使われていますが、当時の台湾ではほとんど見かけませんでした。羅さんはボヘミアンスタイルを一般の人々の生活に取り入れたいと、様々なイベントにも出店されています。   羅さんの作品はどれも一つ一つ丁寧に手仕事のみでつくられているオリジナル作品。羅さんの感性と直感が生み成す作品をお楽しみください。
一粒に宿る哲学 ― 吉原大輝さんのお米と生き方
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私が吉原大輝さんに出会ったのはZAWAZAWA プロジェクト主催、佐久の地産地消イベント「おむすび&お味噌汁の会」の企画会議でした。第一印象は朴訥な青年。でもどこか宮沢賢治のような哲学を持っていそうというイメージでした。会議ではあまりお話しする時間ももてず、イベントで使用するためのお米を頂き家で炊いてみると、その違いに驚愕。もち米と間違えているのではないかと思われるくらいもちもちで味が濃いのです。そして何よりも冷えても美味しい。まさにおむすび向きのお米でした。 イベントでは土鍋でご飯を炊きおひつに移すと、ご飯が光輝き一粒一粒がしっかりとしています。シンプルに塩おむすびで食べていただいたのですが、大人も子供もみんな美味しそうにほおばって笑顔。やはりおいしいものは皆を幸せにしてくれます。 大ちゃんのお米の魅力を知るべく取材を申し込んだところ、稲刈りでもしながらということだったので、稲刈りシーズン真っただ中、きっとお忙しいのだろう。少しでも力になればと思い本気モードで稲刈りをお手伝いに伺いました。しかし着くなり、「まずは動物たちでもみますか?」と吉原さん。ひなから育てたという立派なニワトリとヤギの場所に案内されました。優しく動物たちをなでる姿に動物たちがいかに大事にされているかがすぐわかりました。皆吉原さんに集まってくるのです。なんだかとても温かくててゆっくりとした時間が流れてなんとも平和な風景です。 一通り動物をめでた後「まあぼちぼち稲刈りしますか。」と田んぼへ移動。今年から6反に増えたという田んぼは夫婦2人でやるにはかなり広い。しかも吉原さんのお米は農薬・化学肥料を一切つかわず、はぜ掛け天日干しにこだわり、手間暇かけて育てています。でも吉原さんも奥様の樹里さんも、あくせくするでもなく、淡々と作業をすすめていきます。コンバインなど大型機械で生産性や効率性を高める農家が多い中、なぜあえて手間暇かけた稲作りをするのか。吉原さんは「除草剤を使って,化成肥料をまけば簡単にできるのだが、それでやっても面白いと思えなかった。時代に逆行しているが、あえて小規模で無農薬でやるということのほうがやりがいが持てる。効率はかなりおちるけれど、生き方のココロの豊かさを感じた。あえて手間暇かけるそのゆとりが人生の豊かさ、それこそが生きるということなのでは。」と。このゆとり、心の豊かさこそが吉原さんの農業の醍醐味なのかもしれませんね。 吉原さんは学生時代、環境問題や社会問題に関心が高く、答えの出ない問題に悩み一時は人間不信にもなったそうです。しかし農業をしていく中で自分の力量を知り肩の力が抜け、自分を愛せるようになったそうです。全ての人が自分を幸せにすればみんなが幸せになるそういう世の中になってほしいと。そこには吉原さんの農業哲学というか人間愛を感じました。どのような方に吉原さんのお米を食べてほしいかお聞きすると「幸せになりたい人。」と。「うちのお米は一般的なお米からしたら高いです。ですから高いお金をだして買っていただけるのであれば、美味しいから買うのもいいけれど、味だけでなく幸せになってほしい。食べるものを選ぶという行為、自分が何を食べるかというのはどういう世界になってほしいかということ。自分からお金をだして、農家を応援して、しいては自分が幸せになるという考えを受け入れてくれる人に届いてくれたらうれしい。」と。 吉原さんのお米は「たきたて」という品種。生産されている農家も少なく大変稀少なお米です。低アミロース米の一種でもち米とうるち米の良いとこどりのようなお米。おむすびやお弁当、またおはぎや炊き込みご飯に使うと美味しさを実感していただけると思います。 お米の美味しさはもちろん、吉原夫妻の人柄そして農業からつながる人生哲学にも魅力を感じました。
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木子創意(MUZI-ART)~李文智さん~
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木子創意は古き良き時代の雰囲気を演出するデザイナーブランド。様々なおシャレ可愛い文化雑貨を製作しています。デザイナーの李さんは「古き良き時代のデザインは、華やかさはなくても、商品に価値があり、文化を創造してきました。また何気ない記憶や感情を思い出させてくれるように思えます。」と話す。 李さんの商品が並んでいるショールームははまるでタイムスリップしたよう。どこか懐かしいような、子供のころのワクワク感を思い出させてくれるような空間です。 「台湾文化の新しい文化的定義を作り、人々にもっと多くの文化資産を与え、レトロなデザインから過去の世代を理解し、彼らが私たちにどんな文化資産を残したのかを示したい。それを目指すブランドです。」と語る李さん。 李さんのデザインする雑貨はおしゃれでかっこいいのにどこか懐かしくてほっとするような温かい作品ばかりです。 オシャレな空間のオフィス どこか懐かしいデザインの貯金箱
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台湾セメント工房【初泥true nii】 ~デザイナー・Tsaoさん~
台湾セメント工房【初泥true nii】 ~デザイナー・Tsaoさん~
部屋の中に置くだけで、優しい雰囲気になるような柔らかいデザインと色合いが魅力の初泥true niiの作品。初めて作品を見たとき、材料に台湾の貯水池でとれる再生セメントを使用していると聞き驚きました。セメントと聞くと冷たくて重たいイメージの灰色ですが、初泥true niiのはどれも暖かさを感じる優しい色ばかり。しかも色付けは、塗装ではなく一色一色セメントに塗料を調合して行っています。 「初泥 true nii 水泥創作工作室」は2020年春に設立されました。セメントによる造形を中心に、実験的に色や質感を組み合わせ、全工程を手作業で行い、ユニークな作品を制作しています。 「セメントは自然の産物であり、あらゆるものを包み込む柔らかさと、純粋で素朴な固さをもっています。 色、曲線、質感をアレンジして、愛らしさを表現しています。」と話すtiaoさん。セメントに対する愛情を感じます。 セメントは通気性、水はけが良い特性があり植木鉢に最適なのだそう。材料には、台湾の貯水池の汚泥を使用しています。台湾の貯水池の泥は微細で水分を多く含んでおり、再利用してセメントに再生することで、廃棄物に新たな意義を吹き込んでいるのだそうです。 初泥true niiの作品は、デザイナーがひとつひとつ手作りで作っています。 テーマごとに異なる色調は、セメントに柔らかな表情を与え、温かみのある個性的なオブジェに仕上がっています。作品の多くは季節や自然をテーマにしているものが多く、心が落ち着くものばかりです。 色調も淡い色合いが多く、セメントの灰色で冷たいイメージから一転、温かみのある愛らしい表情に。 色のバリエーションも多くあり、この淡い色合いがなんともいえません。 「セメントは流動的なので同じものは再現できません。だからこそひとつひとつに小さな個性がありユニークなのです。」 セメントというと建物や工事で使用される無機質で暗いイメージだったのですが、初泥true niiさんにお話しを伺い、セメントの新たな魅力を知ることができました。どこか暖かな印象の作品はおしゃれなインテリアにも、生活に癒しをあたえてくれるアイテムになるでしょう。  文:臼田美穂
台湾原住民織物雑貨【岳鴻工作坊Yue-hung】~廖玉枝さん~
台湾原住民織物雑貨【岳鴻工作坊Yue-hung】~廖玉枝さん~
私が岳鴻工作坊Yue-hungの作品に出会ったのは、4年ほど前でした。台湾の東部、花蓮へ旅行に行ったとき、観光夜市で岳鴻工作坊Yue-hungさんが出店していたのです。原住民の伝統模様が施されたバッグや小物が可愛くて一目ぼれ。お話を伺うと、どれも手作りだそうです。 もともと廖さんのお母様が立ち上げた岳鴻工作坊Yue-hungは、現在、娘である廖玉枝さん、妹の廖玉鎮さん、廖玉枝さんの娘の詹淑茹さんの3人が製作を担っています。 台湾は小さい島ですが、なんと16もの原住民族がいるそうです(2022年現在)。廖さんは台湾東部の花蓮県北部に住む、太魯閣族の出身です。太魯閣族は現在は約2万2千人余りで、台湾で5番目に多い部族です。台湾原住民の衣装にはそれぞれに特徴的な柄や文様があり、色彩豊かです。 「母には伝統的な方法を教えてもらいました。母が残した布には主に虹の橋やひし形模様があり、タロコ族の特徴が表れています。」と話す廖さん。また「機織りの難しさは立体的な模様を編むこと。一目一目に、祖霊の目が入るような思いでつくっています。その細かい作業は時として、私たちも目を痛めなければならないほど、とても大変なことなんです。」その繊細で緻密な編み目模様には先祖から伝わる模様も多く、意味をもち、精霊が宿っていると考えられているようです。 伝統的な模様や技法を残したいと廖さんの娘、詹淑茹さんは、10年前に花蓮の秀林鎮に移り住み「多様性プロジェクト」で部族の文化を学びました。祖母から受け継いだ伝統的な機織り技術を高めるだけにとどまらず、現代の衣類やバッグ、雑貨などに取り入れることで、織物そのものが広く周知されるようになってきたそうです。 また啓蒙活動も積極的に行っており、若手デザイナーが集まる台北松山文創園区の原住民のブースに出店したり、各種イベントで伝統柄を簡単に学べるワークショップや、地域の高齢者施設や学校への出前授業など積極的におこなっており、徐々にその活動は地域の人々にも認知されるようになったそうです。   最後に日本の皆さんにメッセージを頂きました。「私たちの作品を通して、私たちのルーツである太魯閣族の織物工芸を理解し、原住民の文化に興味をもってもらえればと思います。」 私もペンケースやミニポーチを愛用し、台湾土産として知人にプレゼントしています。台湾ならではの伝統と文化が感じられる手仕事の逸品です。
長野 杉桶仕込み醤油 【マルヰ醤油株式会社】 ~社長 民野 博之さん~
長野 杉桶仕込み醤油 【マルヰ醤油株式会社】 ~社長 民野 博之さん~
長野県の北部、中野市にあるマルヰ醤油株式会社。3代目にあたる社長の民野博之さんに醤油蔵を案内していただきながら、醤油作りへの想いを伺いました。 伺った日はちょうど麦を炒る作業が行われていて、蔵に入るとまず香ばしい香りに包まれました。使用されている麦は信州産の「しらねこむぎ」という品種。甘みが多く、でんぷん質が豊富だそうです。 醤油用の麦は信州産「しらねこむぎ」でんぷん質が豊富で甘みが強い。 煎りたての麦を試食させていただくと、たしかに噛むほどに口の中にほのかな甘みが広がりました。マルヰ醤油は大豆も自社で生産し、すべての工程を自社で一貫しておこなっている、全国的にも数少ない醤油醸造所です。 麦を炒る釜。工場が香ばしい香りでみたされていた。 創業は昭和22年。当時古くから醤油作りもしていた味噌蔵が、工程の多い醤油作りをやめるところが多く、それなら醤油作りをと民野社長の祖父が戦後に始めました。醤油作りになくてはならない杉桶は醤油作りから撤退した味噌蔵から譲り受け、古いものは明治2年に作られたものもあるそうです。 明治と読み取れる杉桶。様々な時を超えて今に受け継がれる微生物の宝庫。 杉桶が並ぶ蔵に案内していただくと、明治期のものと判別できるものがいくつかあります。それらの杉桶は長年仕込んできた醤油の旨味や発酵をつかさどる良い微生物たちに守られているそんな趣がたっぷり。こんな杉桶で仕込まれているのだから美味しくないはずがありません。 数々の杉桶が並ぶ。どこか厳かな雰囲気に包まれる。 現会長は東京農業大学醸造学部卒業の研究はだ。会長になった今でも毎日蔵で研究を続けているそうです。多くの醸造所が麹を作る工程で機械化がすすんでいる中、会長はやはり五感を大切にした醸造にこだわっています。現在でも「麹を仕込むときは夜中にも様子を見に来ている。」と、若い社員の方が楽しそうに答えてくれたのが印象的でした。やはり数値では測ることができない、経験や感覚を大切にし、また若い方にも受けつながれている素敵な醸造所だなと嬉しくなりました。会長は味見をするだけで、どの杉桶で仕込まれたのか、また味の違いが何に因るものかがわかるそうです。やはり長年現場に出、研究しているからこそわかる技なのかもしれません。 五感で醸すことを大事に丁寧に仕込まれる醤油 民野社長はもともと食品問屋に勤め、経営に携わっていました。30歳を目前に、現会長の体調不良もあり、急遽会社を継ぐことを決意。当時はデフレ真っ只中、醤油業界も質よりも安くてなんぼの時代でした。価格では大手の会社にはかなわない。でも経営を学んでいたころこそ、何かルートがあるはずだという自信があったそうです。「東北大震災が起こり、そのあたりから人の意識が大きく変わったんじゃないかな。人とのつながりや土地とのつながりを大切にする人が増えてきたよね。地元の味、おふくろの味への共感が高まってきたんじゃないかな。」確かに醤油は日本人にとって大切な調味料。また同じ醤油でも地域によっても味は異なる。だからこそ、大手にはない地元の醤油屋さんにできることがあると気づいだそうです。最近ではSNSなどで地方にいても広く発信できる時代になったことも後押しに。「広いグランドでピンポイントでつながりやすくなりましたよね。だからこそ、うちのようなニッチな商品を売りやすくなったと思います。」 仕込まれたばかりの醤油。まだ大豆や麦麹が上に浮いた状態。 マルヰ醤油では2017年に海外への販路を広げます。実は私が民野社長と初めてお会いしたのは、台湾のデパート。信州フェアで来台されていたのです。信州の醤油があったことに、懐かしくまたつながりを感じました。民野社長は訪米時に、あるとても印象深いエピソードがあるそうです。「ある老夫婦が来てうちの醤油を飲んで、これは醤油じゃないといったんだよね。彼はいつも大手醤油メーカーの物を使っていたのだけど、それとは味が全然違う。だからうちのは醤油じゃないって。日本でも本物の醤油がわからない人が多いのではないかな。旨味に鈍感になっていきているよね。」確かに生産性や安さを求めるために、長く発酵の時間がかかる醤油は多くの添加物で醤油らしいものになっているものも多い。それらには自然の微生物の力で、時間と共に醸し出される旨味は出せないのではないでしょうか。 桶ごとに仕込み時期が異なるので醤油の出来る過程を見ることができて興味深い。 民野社長にこれからの展望を伺うと、もっと杉桶を増やしていきたいとのこと。やはり杉桶には醤油の旨味となる微生物たちが育ちやすいそうです。最近では杉桶に住む乳酸菌の一つを使い大学と共同で商品開発をされているそうです。また新たに醤油粕を葡萄農家や稲作農家に卸すことにも取り組んでいます。醤油粕を使用することで果物や米が美味しくなるそう。SDGsにもつながる取り組みですね。 深い桶に櫂を入れるのは大変な作業。子供の様に手をかけてあげることが大事とのこと。 最後にお客様へのメッセージを伺いました。「私どもはワクワクして仕事しているか?を大事にしています。これはどんな醤油になるんだろうとワクワクしています。ワクワクしながら楽しんで作った醬油はやはり美味しいんです。是非ご賞味ください。」 他に足していない醤油のことを生醤油(きじょうゆ)とよぶ。 社長に美味しいお醤油の食べ方をお勧めしていただきました。「たきたてのごはんにかけて食べるのが一番ですね。会長は醤油を20-50倍に薄めて飲んでいます。薄めて飲むと隠されていた醤油の本質部分がわかるそうです。是非飲み比べもしてみてください。」 信州北部。志賀高原や北信五岳など雄大な山々に囲まれた信州中野駅近くにある会社。 信州のおいしい水で長野県産の大豆・麦を使用し、杉桶で仕込まれた本物のお醤油。是非ご賞味ください。 文:臼田美穂
蜜蝋キャンドルを手掛けるkotobukirokets ~代表・園原かおりさん~
蜜蝋キャンドルを手掛けるkotobukirokets ~代表・園原かおりさん~
植物由来のキャンドルを手掛けるkotobukirokets(コトブキロケッツ)。北アルプスと松本市街が一望できる高台に、その工房兼店舗があります。代表の園原かおりさんにお話を伺いました。 広々とした心地の良い店内に入ると、美しくディスプレイされたキャンドルが並び、その奥には、大きな作業テーブルが置かれ、園原さんがキャンドルを制作していました。キャンドルの販売に限らずワークショップやレッスンも定期的に開催していて、同じ空間で楽しむことができます。 キャンドル制作のきっかけは、子育てと仕事の両立で体調を崩した時に、ふと目に留まったのがのちに園原さんの師匠となる方が主催するキャンドルスクールの案内。すぐに申込み、スクールに通う中で、キャンドルを仕事にしたいと強く感じたそうです。更に独学でキャンドル制作の理解を深め、2021年より地元のマルシェ等でキャンドルの販売やワークショップを開催するなど、Kotobukiroketsとしての活動を開始。そして、ご自宅の離れを自らの手で改装した工房兼店舗を昨年11月にオープンしました。活動名のKotobukiroketsは、店舗がある地名「寿豊丘」からkotobukiを、roketsにはその地から様々な発信をしていくという思いを込めて名付けたそうです。 今回ii7GETでご紹介するのは蜜蝋を使ったキャンドルです。蜜蝋はミツバチが六角形の巣を作る材料として働き蜂の腹部から分泌される蝋のことで、ミツバチの巣から蜜を採った後に、溶かして固めたもの。保湿性に優れ、ワックスや革製品のメンテナンス剤や化粧品にも使われています。園原さんが原料として使う蜜蝋は、地元松本の老舗蜂蜜店による長野県産のものです。その蜜蝋から生まれるキャンドルは、炎の色が強く、光も遠くまで届き、一般的な西洋ろうそくに比べるとゆっくりと長く灯すことができ、煤も出にくいのだそうです。優しく甘い香りも心地よく、空間にはちみつとほぼ同じ成分が放たれるとも言われています。実際にキャンドルに火をつけていただくと、ふわっとしたオレンジ色の火が灯り、さらに周りのキャンドルに反射してキャンドル全体が灯っているように感じられました。 小さいながらオレンジの光が強く、優しく灯ります kotobukiroketsのキャンドルは、すべて手作業で制作しています。すらりとした佇まいがかわいらしいキャンドル「cake」は、その細さを生み出すには繊細な手作業が求められるそうです。また、その名の通りバースデーケーキなどに使っていただくキャンドルですが、20分程度火が灯り、蝋がすぐには垂れないようデザインされています。「誕生日ケーキにろうそくを灯す時って忙しいじゃないですか?電気を消したり、写真を撮ったりしているうちに、蝋が垂れてきてしまう。。。このキャンドルは、火を灯す時間をゆっくり皆さんで楽しんでいただけるように考えて作りました。」と園原さん。他にもキャンドルを楽しんで使ってもらえるよう様々な工夫が施されています。 カラフルな芯もアクセントになる「cake」 蜜蝋キャンドルを使う上でのアドバイスを伺うと、「自然由来のものなので、少しづつ劣化が進みます。色も少しづつ褪せてきますし、劣化によって煤も少し出るようになります。お化粧品と同じように1年を目処にお使いいただきたいです。」 出来たての蜜蝋キャンドルは鮮やかな黄色ですが、少しづつ落ち着いた色合いに変わってきます。 また、園原さんは蜜蝋キャンドルの他にもソイ(大豆)ワックスをベースに、地元松本市のロスフラワーを使ったアップサイクルキャンドルなども制作しています。こだわりは自然由来のワックス(蝋)を使うこと。環境や身体にも優しく、灯すことで空気を浄化するとも言われているそうです。 松本で生産が盛んなラナンキュラス等のロスフラワーを使ったランタン 最後に、園原さんのキャンドル作りに対する思いを伺いました。「キャンドルは、現代の生活の中では絶対に必要なものではない。でも、主役ではないけれど、そっと傍らにあって豊かな時間を生み出してくれるものとして皆様に愉しんでいただきたい。だからこそ、日常に取り入れやすいキャンドルを提案していきたいと考えています。」Kotobukiroketsでは、キャンドル教室やワークショップも頻繁に開催されていて、自身の作品の発表だけではなく、より多くの人に「キャンドルがある生活」を伝えていきたい、愉しんでもらいたいという園原さんの思いを強く感じる時間でした。 文:安東千尋
安政5年創業の老舗蔵元・黒澤酒造が守る「生酛造り」の世界 ~社長 黒澤孝夫さん・杜氏 黒澤洋平さん~
安政5年創業の老舗蔵元・黒澤酒造が守る「生酛造り」の世界 ~社長 黒澤孝夫さん・杜氏 黒澤洋平さん~
八ヶ岳の雄大な裾野に吸い込まれそうな郷、佐久穂町八千穂地区にある黒澤酒造。安政5年(1858年)の創業以来、地域に根ざした清酒造りを行っており、現在、酒造業の商いは6代目の黒澤孝夫さんが、杜氏は同じく6代目の黒澤洋平さんが担っています。 安政5年創業の歴史と趣のある建物。 日本の醸造所の中でも屈指の高標高地で、厳しくも恵まれた自然の中、冷涼な気候・澄んだ空気・自家製井戸の良質な千曲川伏流水を活かし、厳選された長野県産米を使用して、地域に根差した酒造りをされています。 お米は酒造好適米である「ひとごこち」や「美山錦」など全て長野県産米を使用。できるだけ蔵に近い農家さんと契約している。 千曲川と八ヶ岳の恵みを受けた蔵内の深井戸から湧き出でる水。柔らかく口当たりがよい。 黒澤酒造では昔ながらの「生酛(きもと)造り」という製法にこだわっています。現在7割ほどのお酒が生酛造り。空気中に存在する天然の乳酸菌が作った乳酸で雑菌や野生酵母などを死滅させ、その中でアルコール発酵に必要な清酒酵母を純粋培養するという「生酛造り」は、通常の倍ほどの手間と時間がかかる大変な作業ですが、「甘・酸・辛・苦・渋」の五味の絶妙なバランスの酒造りには欠かせない製法なのです。杜氏の洋平さんによると「天然の乳酸菌といっても、その特徴は蔵によっても異なります。黒澤の乳酸菌はごつくなく、優しい酸が特徴。お酒になったときも酸が綺麗にあらわれる。」とのことです。生酛造りをされている場所に案内されたとき、ヨーグルトのような芳醇なやさしい乳酸菌の香りに包まれていました。生酛造りは通常の倍の時間がかかるものの、この造り方で生き残った酵母は強く、しっかりとした旨みのある骨太なお酒ができるそうです。 大きな釜で蒸しあげられた米を運び出す作業はなかなかの力仕事。 お米一つ一つに糀菌がつくように丁寧に仕込んでいく。 生酛造りの要、暖気樽(金属製の樽にお湯を入れて温度を調整する)での温度管理は繊細で細やかな管理が必要。 さらに黒澤酒造では田植えから稲刈り、そして仕込みまで体験できるファンクラブ八千穂美醸会を主宰しており、今年で21年目を迎えます。(ii7GETも参加し、オリジナルラベルの純米吟醸酒を販売しております。ぜひご賞味ください!)。地元のみならず全国から多くのファンが参加されています。 美醸会での稲刈り。日本全国からファンが集まり、会話も弾みます。自分たちで育てたお米で作るお酒は格別の美味しさ! ii7GET店長も仕込みに参加!おいしいお酒ができますように…。 また、熟成に関する取り組みとして、県営ダムの管理用トンネル・スキー場の雪中貯蔵・ワイン中古樽貯蔵などを行っているほか、クラフトジン、スピリッツ、焼酎、梅酒など地場の素材を活かした個性的なアルコール飲料の開発なども行っています。他にも吟醸酒の酒粕を夏まで熟成させて、自社農園にて無農薬で栽培した野菜をじっくりと漬け込んだかす漬けや、清酒用の麹を活かしたこうじ漬けや甘酒もこだわりの逸品です。 厳しい寒さを生かした自然の中での熟成はこの地ならではです。 同町内にあるスキー場。1ケースごとリフトで運ぶのは大変な作業です。 現在はコロナ感染対策のため中止しているものの蔵開放イベントでは、ファンの方や地域の方も多く訪れます。学校の社会見学や酒づくりの資料館を運営するなど、酒造りをより多くの人に身近に感じてもらえるよう力を注いでいる黒澤酒造。私の故郷の風景が思い浮かぶような美味しいお酒や漬物。どうぞご賞味ください。
笑班(シャオパン)~近藤香子さん~
笑班(シャオパン)~近藤香子さん~
私の友人でもある笑班(シャオパン)は台湾在住日本人のものづくりチームです。台湾で子育てをしていく中でかわいいもの、手作りのぬくもり、美味しいものが好きな仲間が自然と集まってできたチームです。現在は6名のメンバーでミシン小物、洋裁、アクセサリー、刺繍、編み物、フラワーアレンジメント、染め物、ランチの提供などジャンルも様々に活動しています。主に代表である近藤香子さん(写真上 左から3番目)が住んでいる、桃園市大渓という日本統治時代の面影が色濃く残る街を拠点に活動しています。 毎月大渓で開催されるマーケットでは多くの作品が並ぶ 活動のきっかけは、2014年大渓区にある日本統治時代の建築物復元を柱とするまちづくりが始動したことにあるそうです。近藤さんが地域活性化に取り組む若者に自宅をマーケット会場として提供し、その後自身もマーケットに出店することに。初出店の真夏開催のマーケットで販売した日本風のかき氷が大好評。「街の人との触れ合いで、やっとこちらの住民になれた気がして嬉しかったのを覚えています。そんな興味本位で始めた月1回のマーケットも今年で8年目。2015年からはマーケット仲間が経営する古民家カフェ(新南12文創實驗商行)で地元食材を活かしたカフェランチも始めました。日本の家庭料理を通じ地元食材の美味しさを発信する活動もしています。」 毎週木曜日に提供される日本家庭料理ランチ。地元食材を使い季節や行事を楽しめるメニューが美味しい。 「なぜ【笑班】という名前なの?とよく現地の人に聞かれるのですが、みんなお笑いが好き、みんなが集まると自然と笑顔になるなど色々な理由がある中で、やはり一番大きな理由は海外生活において人とのコミュニケーションで大事なのは笑顔だと感じたことです。笑顔で接するということは相手の為でもあり、自分の為でもあります。」と話す近藤さん。いつも近藤さんの周りには笑顔で溢れています。 製作風景。仲間とアイデアを出し合いながら進めていきます。 活動して8年、この土地に暮らす人と外から集う人が交流して新しい文化が生まれているそうです。「我々の商品で毎日の暮らしが少し楽しくなったり、地元の食材を使ったランチで少しほっとしたり、笑顔が増えるきっかけ作りを続けていけたらいいな、更には日本を身近に感じてもらう存在になって日本と台湾の繋がりが少しずつ広がったらいいなと思いながら作品を作っています。」 最後に作品作りにおいてこだわっている点をお聞きしました。「まずはそれぞれの個性を尊重すること。基本的に自由な創作環境ですが、プロジェクトワークや洋服等の製作においては何よりも使う側の気持ちを考え、動きやすいデザインや軽い素材を仲間と相談しながら作っています。」 ii7GETでは笑班製作のエプロン、ワンピース、ズボンやブラウスなど日常着を中心にご紹介いたします。それらは、実は私も愛用のアイテム。リネン素材でしかも一つ一つ丁寧に手作りされたものたち。リネン特有のソフトな肌触りと通気性・保温性の良さで一年中着用しています。ゆったりとしたデザインで着心地が良くしかもスタイル良く見えるデザインのものが多いのが嬉しいですね。 ii7GET店長着用のブラウスも笑班の作品です。 ≪大渓ってどんなところ?≫桃園市大渓区は大漢渓という大きな川が流れる人口約9万5千人の都市。清の時代から水運で栄え、復興山から産出されるナフタリンの原料となる樟脳や茶葉、石炭、木材は国内外に広く輸送されました。日本統治時代の建築物が多く残された土地柄を活かし2015年に「桃園市大溪木藝生態博物館」という古蹟を含む復元された日本式建築物11ヶ所以上を巡る街歩き博物館が開幕しました。豆腐の街としても有名で、週末には豆干と呼ばれる豆腐の加工品やデザートの豆花を求め大勢の人で賑わう観光地です。 日本統治時代の建築物が数多く残る桃園市大渓 文:臼田美穂(ii7GET店長)
台湾ボードゲーム 【Yes! Ginseng】~賴韋伃さん、Alban Couëfféさん~
台湾ボードゲーム 【Yes! Ginseng】~賴韋伃さん、Alban Couëfféさん~
「食べること、飲むこと、遊ぶことは、言語や文化を超えた最高のコミュニケーションです。」と語るユニークなボードゲームを製作するGINSENGのデザイナー賴さん。台湾観光の楽しみの一つといえばやはり台湾グルメ。ただ日本ではお目にかかれないような名前もわからない食べ物も多くありますよね。特に台湾B級グルメがあつまる夜市は台湾人の日常生活の一部であるだけでなく、台湾のローカル文化を知る上で最適な場所であり、外国人観光客にとっても必見の場所です。 「 夜市は台湾のDNAを色濃く残し、人間味や地域性を感じさせる場所でもあります。ただ外国人が初めて夜市を訪れた時に困るのは、そこにある食べ物がわからないことではないでしょうか。」そこでフランスのゲーム作家Alban Couëfféと台湾のデザイナー賴韋伃で『夜市人蔘』を作ったそうです。 ゲーム内では台湾グルメの紹介や台湾流の料理の注文の仕方などが中国語と日本語で表記されています。 『夜市人蔘』では各プレイヤーがナイトマーケット(夜市)の屋台店主となり、カードに示された様々な台湾料理を材料を買いながら作っていきます。しかし店主は他にもいるので、材料を仕入れるために攻防を繰り返さなければ、競争に勝つことはできません。各プレイヤーが全ての注文を捌き切ったらゲーム終了。 誰が一番稼ぐことができるでしょうか? カード内では料理名を台湾でよく使われている中国語の発音と台湾語の発音を使用しています。(台湾では共通語は北京語なのですが市場や台湾グルメには台湾語がよくつかわれます。)メニューを覚えれば台湾でも注文に使えそうです。 特典カードには、台湾素食(ベジタリアン)の紹介や、近年台湾で話題の小農文化「地産地消」など、興味深いご当地特集が多数掲載されています。 また、台湾に住む日本人なら納得の台湾人の特色を表す“奧客(おせっかい)や“有關西沒關係(大丈夫)”など台湾らしさを表すカードもあるのがおもしろいですね。 カードはシンプルでおしゃれなデザイン。GOOD DESIGN AWARDを受賞し、東京六本木ミッドタウンでも展示されました。 審査員からは「台湾に来たら夜市での買い物や食事は欠かせないもの。 夜市や台湾の人々の日常生活を知るにはもってこいですね。」と評価されたそうです。 このように日本でも認められたことで、ゲームが単なる娯楽だけではなく、文化交流や広報など多くの可能性を秘めていることを感じたそうです。 「世界中の友達に台湾をもっと知ってもらいたい。また台湾の友達にも自分たちをもっと知ってもらいたい。そしてみんなのエンターテインメントに付加価値を与えたいと考えています。」と語る賴さん。 ボードゲームをしながら台湾観光の予行練習をしたり、以前食べた台湾料理を思い出したり、中国語の勉強をしたりと色々な用途に使えそうです。デザインもおしゃれなのでインテリアとして飾っても良いですね。  文:臼田美穂  
台湾 い草工房 【溪泉Si Cyuan】~郭佳琳さん~
台湾 い草工房 【溪泉Si Cyuan】~郭佳琳さん~
「い草の香りは、故郷の香りであり、故郷の味です。」と話すのは、台湾中部、台中市大甲区の天然い草手編み工房「溪泉Si Cyuan」の三代目・郭佳琳さん。 郭佳琳さんが子供のころ、暑い夏の陽ざしの中、工房の創業者である祖父は、い草で編まれた帽子をかぶせてくれながら「い草は太陽の陽ざしが大好きなんだ。これはおばさんたちが手間暇かけて編んでくれたものだから、大事にしないといけないよ。そうすればい草も喜ぶし、使っている人も幸せになるんだよ。」と話してくれたそうです。  天然い草手編み工房「溪泉」は1947年に創立され、祖父、母と代々引き継いできました。三代目となる郭佳琳さんは、当初家業を継ぐつもりはなかったそうです。しかしニュージーランドに住んでいたとき、現地の人々が伝統的なマオリ族のトーテムのタトゥーを入れている姿に感心し、伝統文化への感謝の気持ちが芽生えたそうです。また幼いころ慣れ親しんできた台湾のい草産業が衰退していくのを見聞きしたことで、その文化を維持していきたいと考えるようになりました。2018年に故郷にもどり、翌年に台中市新村に直営店「渓泉」をオープンしました。店名は祖父の名前からつけたそうです。 現在、天然い草手編み工房「溪泉」では、創業者である祖父から郭佳琳さんの三世代と地元の職人が力を合わせて制作に励んでいます。 台湾のい草織物は、300年以上続く伝統文化で、長い間地元のおばあさんやおばさん達を中心に受け継がれてきました。使用される三角い草は断面が三角で香りが高く、耐久性が高いのが特徴です。日本で主に使われている畳のい草とは見た目も異なります。 三角い草は3~4か月で120~180㎝まで成長する為、1年で3回収穫できます。収穫後、黄金色になるまで1週間ほど干し場にて乾燥させ、織物に適した長さ、太さの物を選別します。 次に選別したい草を裂き、丁寧に打ち叩き繊維を柔らかくします。そして一つ一つ丁寧に編み上げ織物製品が誕生します。 今ではラフィアなどの天然繊維も使い帽子やバッグ、スリッパなど多種多様な製品を作っています。製品は国内でも高く評価され、い草 メッシュバッグ「Carry me」 は2021台中原創工藝獎を受賞しました。 ただ単に家業を受け継ぐだけではなく、地場産業や台湾文化が現代の生活の中で継承されるように働きかけることが自身の使命と考えている郭さん。「化学繊維などが主流となる中、私たちの製品は天然繊維の香りや風合いを楽しめるものにしたいと思っています。また、文化や歴史を感じさせるだけではなく、今のライフスタイルに合った製品を提供することで、より多くの人に手に取っていただきたいと考えています。」  文:臼田美穂
農薬・肥料不使用で育てる信州安曇野のオーガニックブルーベリー|【幸せフルーツ工房】神崎辰哥さんインタビュー
農薬・肥料不使用で育てる信州安曇野のオーガニックブルーベリー|【幸せフルーツ工房】神崎辰哥さんインタビュー
長野県安曇野市にてオーガニックブルーベリーを栽培している幸せフルーツ工房、代表の神崎辰哉さんにお話しを伺いました。幸せフルーツ工房が運営する「ブルーベリーの森 あづみの」は、ブルーベリーの「森」を中心に、信州安曇野の魅力あふれる風景の中で、大切な「今」を味わいながら、ゆったりとすごすことのできる農園を目指し作られました。長野県では大変めずらしい、ラビットアイ系ブルーベリーを中心に栽培し、約60aの敷地(レストスペース等含む)に約600本のブルーベリーを栽培。有機JAS認証も取得された安心・安全な農場です。 オーガニックなので子供も安心して食べられます ブルーベリー栽培をはじめて5年目という神崎さん。元は林業関係で公務員を13年されていたそうです。公務員という仕事からなぜブルーベリー農家をされるようになったのかを伺うと、もの作りが好きで、土壌や周辺環境を汚染しない循環する農業をしてみたかったとのこと。農薬・化学肥料を使わない農業を模索している中でたどりついたのがブルーベリーでした。 農園では摘み取り体験も。大粒で美味しそうなブルーベリー。 ブルーベリーはツツジ科で本来やせ地を好み、環境さえ整えてあげれば害虫被害にあいにくい果樹。そのため神崎さんはまずブルーベリーに適した水はけのよい土地選びから始めました。そこでたどりついたのが火山灰で水はけがよい穂高。 安曇野の美しい風景の中にある農園。 農薬・化学肥料を使用しない農業は苦労の連続かと思いきや、意外にも苦労はなかったとのこと。「どこで作るか、適地を選ぶことが一番大変でした。なので栽培自体が苦労だったことはなかったんです。むしろ自然の力に助けてもらっている感じがします。農薬を使わないからこそ本来の生態系である虫にたすけられたりしています。また現在肥料や燃料などの高騰がすすんでいるのであえて何もしない自然農法のブルーベリーを選んだことは良かったと思っています。」 農作業中の神崎さん。試行錯誤しながら自然の力を大切に取り組んでいる。 農業の経験がなく、試行錯誤しながらブルーベリー栽培を模索してきた神崎さん。そんな中、出会ったのが千葉県木更津市の「エザワフルーツランド」の江澤貞雄氏が提唱する栽培方法「ど根性栽培」です。ブルーベリーのこれまでの常識と考えられていた栽培方法を見直して、植物本来の能力を最大限に発揮し、根をしっかりと張らせる独自の栽培方法です。耕さない、潅水しない、土壌改良や施肥などもほとんどしないという自然に近い形で、ブルーベリーの持つ本来の力に戻す。施設管理され機械化されていた農場で働いた経験もある神崎さんにとっては真逆の栽培方法でした。実際に千葉の農場にも訪れ、江澤氏から直接栽培方法を学んだそうです。 ど根性栽培ではブルーベリー栽培定番のピートモスは使用しない。 農薬・肥料を使用せず、また自然本来の力に戻す「ど根性栽培」の面白さをうかがうと「いじらない栽培方法なので、成長がとにかくゆっくり。でもある時突然成長が進むところ。」ブルーベリーは一年目でも実はなるそうですが、実際に販売できるような実をつけさせるためには3年くらいかかります。 立派な実を付けたブルーベリー 日本で栽培されているブルーベリーは100種類ほどあります。その中でもラビットアイ系は甘みが強いのが特徴で、その甘みは秋の果物や葡萄を超えるほど。現在、長野県で育てられている品種は、寒冷地に適したノーザンハイブッシュ系です。そんな中あえてラビットアイ系を選んだのは、神崎さんの今後の地球環境を見越した判断です。地球温暖化が進んでいる現在、長野県ではハイブッシュ系の栽培が難しくなってきています。あえて暑さに強い品種を選び、リスクを下げる選択をされていることに感心。今では15種類のラビットアイ系ブルーベリーを栽培しているそうです。 またパーマカルチャー、メディカルハーブ、ライフコーチなどの資格をとり、多くのことを学んでいる神崎さん。農園では現在30種類のハーブも栽培しています。(ii7GETでもレモングラス、カモミールを取り扱わせていただいています。)オリジナルブレンドのハーブティーを、マルシェなどでも出しているそうです。 農園では多くのハーブも栽培されている。こちらはカモミール。 今後の展望をお聞きしました。「観光農園では完熟した旬のブルーベリーや様々な作物、家族や友人と過ごす大切な時間、今の自分自身、今の風景、風、音、光・・・・今を丁寧にすごし、味わいつくす。そんなお手伝いができればとてもうれしいと思っています。自然から学び、自然とつながる、自分を知り、自分らしく生きる。そこには、心の底からあふれてくる喜び・安心・満足感があります。消費するだけではなく、循環する恵みがあります。ブルーベリーの森あづみのでは 、お客様には季節のフルーツを楽しんいただくことはもちろん、大人も子どもも自然のフィールドで遊んだり、学んだりできる場所。”自分らしくいられる場所づくり”を大切にしています。また、作物の栽培はもちろんのこと、周りの環境も、自然のしくみを壊さないように、身近な有機物の利用、太陽光による発電など、エネルギーと資源の循環を心がけています。」 神崎さんの自然に対する愛、そして哲学そんな熱い思いが伝わるお言葉でした。きっと土や水、虫、植物などに優しいだけでなく私たち人間にとっても優しい、そんな農園なのだと実感しました。 最後にお客様にメッセージをいただきました。「安曇野は自然豊かなところ。大地の力を最大限に生かし、ブルーベリーを育てているのでナチュラルな味を楽しんでいただけたらと思います。」有機JAS認証・幸せフルーツ工房のオーガニックブルーベリー、是非味わってみてください。 文:臼田美穂
完熟と追熟が生むフルーツのようなかぼちゃ「バターナッツ」を広めたい【ひとつぶの種】~依田淳子さん~
完熟と追熟が生むフルーツのようなかぼちゃ「バターナッツ」を広めたい【ひとつぶの種】~依田淳子さん~
バターナッツという野菜をご存じでしょうか。ひょうたんのような形をした、淡いオレンジ色のかぼちゃ。アメリカ原産で、甘みがありながらもクセがなく、なめらかな食感が特徴の、まだ日本では珍しいかぼちゃです。「まずは、これを食べてみてください。」そう言って依田さんが出してくれたのは、水で煮ただけのバターナッツ。ひと口食べて、思わず驚きました。砂糖は一切入っていないのに、まるで完熟したフルーツを食べているかのような、すっきりとした後味。かぼちゃ特有の重さはなく、すっと口の中でとけていきます。鮮やかなオレンジ色も印象的で、料理やお菓子に使った時の美しさが想像できました。「バターのように濃厚で、ナッツのように香ばしいのかな?と思われがちなんですが、実際は全然違うんです」そう笑う依田さん。この“予想を裏切るおいしさ”こそが、バターナッツの魅力なのかもしれません。 すべては、友人からもらった一つのかぼちゃから 依田さんが初めてバターナッツを知ったのは、13年前。友人から譲り受けたのがきっかけでした。もともと野菜づくりが好きで、当時はフルタイムで働きながら、土日に畑に立つのが何よりの楽しみ。特に「自分で種を採り、翌年につなげていく」ことに喜びを感じていたそうです。バターナッツも同じように種を保存し、翌年植えてみたところ、見事に成功。「佐久の土地に合っていたんでしょうね。暑さや寒さにも負けず、たくさん肥料を使わなくても、太陽の光をたっぷり浴びて元気に育ってくれるんです」ほとんど自然栽培に近い環境で、苗の時期に一度だけ消毒を行うほかは、化学肥料を一切使わず、有機肥料のみで育て上げる。そんな依田さんの愛情をたっぷり注がれたバターナッツは、13年の歳月を経て、依田さんの畑に欠かせない「宝物」となりました。そのたくましさと素直な育ち方に、すっかり惹かれてしまったといいます。それから毎年、種を採り続け、育て続けて13年。家庭用としてスープやジャムを作り、そのおいしさを実感しながらも、「いつか形にできたらいいな」という想いを、心のどこかで温めてきました。   「私にできることは何だろう?」から生まれた加工品 転機となったのは、昨年。松木さん(まつのき農)と出会い、ミニトマトジュースを加工・販売している話を聞いたときでした。「じゃあ、私は何ができるだろう?」その答えとして自然に浮かんだのが、バターナッツでした。すぐに加工業者へ相談し、試作をスタート。最初は砂糖とバターだけのシンプルな味でしたが、「もう一歩、心に残る味にしたい」と試行錯誤を重ね、ブランデーを加えることで、コクと香りに奥行きを持たせたオリジナルのジャムが完成しました。ドレッシングにはクリームチーズを加え、濃厚さを出しつつ、りんご酢で後味をすっきりと。どちらも、バターナッツの甘みを主役にしながら、毎日の食卓で使いやすい味わいに仕上げられています。 体調を崩したからこそ、気づいた「食の力」 実は依田さん、10年ほど前に体調を崩した経験があります。 以前はお肉が苦手で、慢性的なタンパク質不足。栄養素が体にどう影響するのかを学んでいく中で、依田さんは「食が体を作る」という当たり前の、けれど大切な事実に改めて気づかされたと言います。その探求心は、食育健康アドバイザーや管理健康栄養インストラクターの資格取得へと繋がりました。 「バターナッツは、β-カロテンやビタミンA・E、食物繊維が豊富。自分や家族、そして手に取ってくれる方の健康を支える、最高級の素材なんです」そんな栄養満点の野菜を、もっと手軽に、日常の食卓で楽しんでほしい。その想いから、加工品の開発が始まりました。   家族と仲間に支えられて、ここまで来た 「正直、自分ひとりでは、ここまで来られなかったと思います。みんなの助けがあったからこそ、この一歩を踏み出せたんです」と、依田さんは感謝の言葉を口にします。宣伝のために始めたInstagram(@hitotsubunotane.52)は、次男さんに教わりながら、日々の農作業の様子を発信。チラシやパンフレットづくりはご主人や知人たちが協力してくれました。また友人たちの励ましもあり、「やってみよう」と一歩を踏み出せたのだそうです。たくさんの人の想いが重なって生まれた商品だからこそ、どこかあたたかく、やさしい雰囲気を感じるのかもしれません。 味へのこだわりは、畑から始まっている もちろん、味への妥協は一切ありません。一つひとつ状態を確認し、完熟したものだけを収穫。さらに一定期間追熟させることで、甘みを最大限に引き出しています。「カボチャ特有のくせがないので、カボチャが苦手なお子様にもぜひ食べてほしい」と語る依田さんに、おすすめの食べ方を教わりました。 ジャム:ヨーグルトはもちろん、クラッカーに生クリームやクリームチーズと一緒にのせて。ナッツやドライフルーツをトッピングすると、さらに贅沢なスイーツに。 ドレッシング:サラダはもちろん、野菜ディップや、シーザーサラダ風に。魚介や鶏肉との相性もよいのでソースとして使うのもおススメ。   最後に、依田さんからのメッセージ 「佐久市の長い日照時間が育んだ、栄養価たっぷりのバターナッツです。完熟を見極め、さらに追熟させて甘みを最大限に引き出した自信作。まずは一度食べてみて、その魅力を知っていただけたら嬉しいでかぼちゃが苦手な方でも食べやすい、甘みが強く、クセのないバターナッツ。依田さんの優しいお人柄がそのまま味になったような、温もりのある黄金色のバターナッツ。ぜひ一度、その味を体験してみてください。    
超完熟にこだわるミニトマト農家 【まつのき農】 ~松木路子さん~
超完熟にこだわるミニトマト農家 【まつのき農】 ~松木路子さん~
「まずは飲んでみてください。」と差し出されたのは松木さんのミニトマトジュース。 よく「どんな味ですか?」と尋ねられますが、説明が難しいんです。だからこそ、そう聞かれたときには「まずは飲んでみてください。」とお伝えしています。可愛らしいミニトマトのイラストが描かれたラベルが付いたそのジュースを飲むと、思わず「もう終わり?」と感じるほど飲みやすい。トマト特有の酸味や香りが少なく、逆に言うと、トマトらしさが強くないのです。市販のトマトジュースとはまったく異なり、トマトジュースや野菜ジュースが苦手な方でも飲めるような優しさとまろやかさが感じられます。飲んだ瞬間、体にスーッと入っていくような、そんな味わいです。▶ 松木さんの超完熟ミニトマトジュースを見る 実は、松木さん自身、もともと市販のトマトジュースが苦手だったそう。 では、なぜそんな松木さんがトマトジュース作りを始めたのでしょうか。それは、いくつかのご縁が重なった結果だと言います。松木さんは青森県でニンニク農家を営むご両親のもとで育ちましたが、農業だけはやりたくないと考えていたそうです。その後、県外で仕事をしていたものの、ふと仕事に疲れたときに、畑の景色が恋しくなったのだとか。そこで、ご主人と共に農業を学ぶことを決意し、住み込みで研修を受けられる農家を探していたところ、長野県佐久市望月にある有機農家を見つけ、2014年春に長野に移住しました。最初はズッキーニやお米、豆腐作りを学んでいたものの、ある日、先輩農家が作っていたトマトジュースを飲んだ瞬間、その美味しさに感激。松木さんにとって、もともと苦手だった市販のトマトジュースとは全く違う味わいに衝撃を受けたそうです。そして、「自分も誰かに衝撃を与えるようなものを作りたい」と感じ、トマトジュース作りを志すようになりました。その頃、偶然にも借りた畑にビニールハウスがあり、前の借主が大玉トマトを育てていたため、設備が整っていたのです。まさに導かれるように、トマトジュースへの道が開かれていったのです。ミニトマト作りを決意した松木さんは、1年目は見よう見まねで作ってみたものの、あまりうまくいきませんでした。2年目には近所の農家さんからアドバイスを受け、少しずつ形になり自信がついたものの、ジュースにすると思ったほど美味しくはありませんでした。そして、3年目にようやく、ミニトマトを超完熟させて収穫し、そのトマトでジュースを作ってみると、ようやく納得のいく美味しさに仕上がったと言います。 とにかく「超完熟」にこだわる松木さん。 現在、700本のミニトマトを一人で育て、毎日一つ一つの実を手で触って完熟を確かめてから収穫しています。そのため、一畝50本ある苗を見て回るだけで半日かかるそうです。それを一人で行っているというから、驚きです。また、農薬は一切使用せず、蓼科有機肥料を使い、さらにトマトの葉や茎を発酵させた土作りにも挑戦しているそうです。▶ こだわりの”超完熟” ミニトマトジュース一覧を見る 松木さんのトマトジュースは、なんと旧軽井沢の5つ星ホテルのシェフにも認められ、朝食で提供されているそうです。 この出会いもまた偶然で、シェフとバイヤーにジュースを飲んでもらったところ、取引が決まったそうです。多くのご縁が重なり、今やミニトマトジュース農家として歩んでいる松木さん。その魅力的な人柄が、きっと周りを引き寄せたのでしょう。松木さんは、味が完成した今でもトマトジュースの味の研究のため、他の市販のトマトジュースを飲み比べ、研究しているそうです。最後に、お客様へのメッセージを伺いました。 「まずは飲んでみてほしい!特にトマトジュースが苦手な方にこそ、ぜひ飲んでいただきたいです。」 無添加で農薬未使用の超完熟ミニトマトジュースは、毎日飲んでも飽きのこない美味しさ。まずは、是非飲んでみてください!▶松木さんの超完熟ミニトマトジュースを購入する 文:臼田美穂
長野・木曽ヒノキを用いた組子作品を手掛ける【信州組子】 ~代表・片山和人さん~
長野・木曽ヒノキを用いた組子作品を手掛ける【信州組子】 ~代表・片山和人さん~
長野県坂城町にて美しい模様の組子の作品を生みだしている「信州組子」。今回は代表の片山和人さん、マネージャーの永坂さんのお二人にお話を伺いました。 組子の鍋敷き。胡麻をモチーフにした模様 「組子(組子細工)」とは、釘を使わずに木を幾何学的な文様に組み付ける伝統技法のことです。古くから和室の欄間や障子などに多く用いられてきました。もともと建具職人である片山さんが、「信州組子」として組子作品を手掛けるようになるまでの経緯を聞いてみました。 玉手箱に見立てた美しい名刺入れ。自身とお相手の架け橋となるよう思いを込めて作られています。 「自分は建具職人の二代目で、住宅関係の主に建具を作っていました。大手ハウスメーカーの参入などにより、建具を作る仕事も職人も減っているというのが現状で、建具屋としてだけでなく、何かできないかと考えて思いついたのが組子でした。そもそも、建具をやるきっかけは組子だったりもして。長野県は組子の技術のレベルが高く、父の時代は欄間や書院などの和室で組子を取り入れていたので、私にとって組子は身近な存在でした。なので、自分も建具をやるなら組子をやりたいなと思っていて、父をはじめ先輩方の作品を参考にしながら、半分趣味のような形で組子を作り始めました。組子は手間もかかるので、利益を求めるとそれだけではやっていけず、片手間でやりながらも、もっと何かできないかなぁと考えていました。そんなときに現在のマネージャーである永坂さんがデザインや販売のサポートを担当してくださることになり、『信州組子』というブランドが誕生しました。」 デザイナーであった永坂さんがロゴやストアの運営などのサポートを担当することになり、偶然にも「信州組子細工」が伝統工芸品として認定された年と同じ2019年に、『信州組子』はスタートしました。 次に、組子の作品作りについて伺いました。 「欄間などの、商品以外の作品は、ほとんど一点物です。大まかな寸法はありますが、基本的に図面がありません。それは二つ理由があります。一つ目は、正解がないからです。図面が先にあると、図面に合わせなければならず、融通が利かないのです。木材を均等に削っても、その時の気候や切れ味などで、コンマミリ単位のわずかなズレが出てきます。その時の状況を見て、臨機応変により良い状態に仕上げられるよう、100%の力を注いでいます。二つ目は、図面を先に出してしまうと、作品を見たときのお客さんの感動が半減してしまうからです。初めて納品したその瞬間に感動してもらいたいという想いもあります。どの職人さんもそうですが、【段取り八分】とありますが、まさにその通りだなと思います。日本人は、苦労を見せない美学がありますが、見えない部分での作業で決まると言っても過言ではありません。」 「一番は、好きでやっている」ということが作品作りで一番大切なことです。 「やはり、お客様に喜んでもらえたり、「すごい!」と驚いていただいたりするときにやりがいを感じます。以前、とあるご家庭で奥様から依頼があり、旦那様は興味がないのかなと思っていたのですが、出来上がった桜の作品を見て、ご主人の方が周りの人にうれしそうに話していたと聞いたとき、うれしかったですね。」 マネージャーの永坂さんに、片山さんの作品作りについて伺ってみました。 「いつも実際に作っているところを見るとすごいなぁと度肝を抜かれます。毎回驚きがあるので、商品を届けるだけではもったいない、商品の価値を納得して購入していただけるように、制作の過程も動画などで発信していきたいと思っています。もちろん好きな方には伝わっているんだろうなぁとは思うのですが、ただ『高い』でスルーされてしまうのはもったいないので、片山さんの作品作りへの想いも伝えたいと思います。」 組子は「麻の葉模様」を基本に、応用して角度を変えていくと他の模様が出来るそうです。 最後にお客様へのメッセージを伺いました。 「一代と言わず、二代、三代と使えるようなものを作っています。長野の木曽ヒノキを使っているのでオール信州産の『信州組子』の作品をぜひ手に取ってみてください。大量生産・大量消費から、よい物を長く使う、日本の本来のものの使い方を提案していけたらとも思います。」 名刺入れの作業工程です。職人の技をご覧ください。文:松本菜穂  
標高1000mの高原で30年以上の有機農業|【たくみの】代表・由井拓実さんインタビュー
標高1000mの高原で30年以上の有機農業|【たくみの】代表・由井拓実さんインタビュー
八ヶ岳連峰の北端、蓼科山の北嶺、標高1000mの高原に位置する佐久市長者原地区。そこで有機農業を30年以上続けられている「たくみの」さん。今回は、代表の由井拓実さんにお話を伺いました。 青空が近く感じられる標高の高い農園で育つ野菜たち はじめに、先代の「ゆい自然農園」から現在の「たくみの」になるまでの経緯を伺いました。「うちは、元々は慣行農業(厳密な定義はありませんが、、農薬や化学肥料を栽培に応じて相当数投入・散布を行う一般的な農法と認識されています。)だったんです。有機農業へ転換するきっかけは母の存在です。有吉佐和子さんの「複合汚染」という本を読んで、前から有機農業をやりたいという想いが母にあり、1988年に思い切って有機農業に転換しました。」 農家で生まれ育った由井さんは、いつ農家を継ぐことをきめたのでしょうか? 「小さい頃から手伝いをしていましたが、初めから継ぐつもりはなく、海外で医療に携わりたいという想いから看護師になりました。最終的に海外の医療現場にという夢は諦めましたが、そのまま実家の有機農業を終わらせては…と思い、実家に戻り農業に携わることにしました。実家に戻ってしばらくは、農家が看護師と比べてお客さんとの距離が遠く感じ、直接人と関わり合える老人ホームのアルバイトを隙間時間にしていました。ですが、当時研修生として来ていた妻・まな美との結婚も後押しし(まな美さんから「老人ホームを辞めなかったら結婚の話はなかったことに。」と言われたとのこと!!)、2010年に本格的に農家を継ぐ決意をしました。」その後、由井さんは先代からただ引き継ぐだけでなく、自分で責任をもてるようにと、2021年に農園名を「たくみの」に変え、2022年には「合同会社のの.」の一部門として法人化したそうです。趣味のパソコンを活かし、パソコン修理なども請け負っており、幅広い活動をされている由井さん。今後の展開も楽しみですね! 次に、「たくみの」の野菜に込められた想いを伺いました。「うちの野菜を食べてもらって、その人がその人らしい生活を送る、その手助けになればと思って野菜作りをしています。また、都会のお客さんが多いので、田舎の自然を感じて少しでも癒されてもらいたいと、野菜と一緒に送る便りに田舎の自然を感じられるエピソードを載せたり、Instagram(@takumino_heart)にも田舎の風景を投稿したりしています。」コロナ前は、ネギ植え、サツマイモ掘り、草取りなどの農作業の体験や交流ができる催しを開催していたとのこと。実際にお客さんと交流することで、お客さんの声を聞くことができたそうです。中にはプライベートで手伝いに来てくださるお客さんも!「現在はメールでのやりとりが主ですが、『野菜がすごくおいしい』などの感想をもらえることがとてもうれしいです。」 仲間との味噌づくりの様子 「野菜作りは、温暖化により気候が変わりつつあり、虫や病気が増えてきて栽培が難しくなっています。また、有機農家さんの就農が増えたことや大手企業の参入もあり、競争が激しくなりつつもあります。自分たちの農場から巣立った研修生たちもいるのでうれしいことでもあるのですが。」 そんな現状を踏まえてたくみのさんがホームページのリニューアルと共に取り組み始めたのが、「野菜の直接受け取り」の拡大です。「お客さんの顔を見てやりとりができますし、配送料もかからないのでお互いに良さがあります。佐久地域は移住の方も増えてきているので、ぜひ利用してもらえたらと思っています。」まさに”地産地消”ですね。 SNSなどで田舎の自然の豊かさも発信されています また、奥さんのまな美さんは、『manamino』という食堂で「たくみの」の野菜や望月の鹿肉などの地元のおいしい食材を使った料理を提供しています。「”たくみのサラダ”という「たくみの」の野菜が大盛りのサラダがお勧めです。ぜひみなさんに気軽に味わっていただきたいです。」 色鮮やかな野菜から美味しい料理が生まれます。 最後に、お客様へのメッセージを伺いました。「みなさんの普段の生活の支えとなりたいという想いがやっぱり一番です。そして、お便りやInstagramを通して田舎の雰囲気を感じていただき、それがすこしでも癒しになればと願っています。」野菜作りを通してお客さんとの関わり合いをとても大切にされている由井さん。ぜひ、「たくみの」さんの愛情がたっぷり詰まったお野菜をご賞味ください! 旬の野菜がたっぷり入ったセットがご家庭に届きます。文:松本菜穂  
信州の自然を天然石で表現する【meine freudeマイネフロイデ】~柳沢藍さん~
信州の自然を天然石で表現する【meine freudeマイネフロイデ】~柳沢藍さん~
長野県篠ノ井で天然石アクセサリーを手掛けるmeine freudeマイネフロイデの柳沢さんにお話しを伺いました。私が長野の素敵な手作りの物を探していた時、たまたまSNSで柳沢さんの作品を目にしました。その作品に一目ぼれしご連絡をさせて頂いたところ、私どものコンセプトに共感していただき出店をして頂けたのです。 店名になっているmeine freudeマイネフロイデの意味を伺うとドイツ語で「私の喜び」という意味だそうです。石を見て嬉しくなる気持ちを表したかったとのこと。天然石アクセサリ―を始めたきっかけを伺うと「アクセサリー作りを始めて5-6年になります。それまでは普通に会社勤めをしていましたが、退職して自分の時間を持てるようになり、様々なことに興味を持ち始めました。その中でも、ものつくりに興味を持ち始めました。最初はビーズから始めましたが、やがて天然石に興味を持つようになりました。昔から天然石が好きだったのです。天然石を見た時に湧き上がる気持ちがありました。好きだったことを思いださせてくれました。周囲の人たちからの刺激も大きかったです。」 それから試行錯誤しながら、独学でいろいろなアクセサリーつくりを学び、製作するようになったそうです。製作にあたりどのようにインスピレーションを得るのかを伺うと、「普段は私はまず石を仕入れて、それらを見て、手に取り組み合わせていく中で、インスピレーションを得ます。実は今回は初めて、デザインから作り始めました。信州らしさということで自分の周りにある自然の美しさや、季節の移り変わりの短い美しさを表現したかった。気に留めていないとわからない美しさです。周りにある、気づきにくい美しさを再認識することができました。例えば、朝露が作り出す自然の美しさは、何にも代えがたいものがあります。私たちは、このような自然の美しさに囲まれている。天然石も長い時間をかけて地球が作ってきたものを頂いている。そういう思いを大切にしたいと思っています。」 また作品作りにおいて大切にしていることを伺うと「私が作品作りにおいて大切にしているのは、細かい部分まで丁寧に正確に作ることことです。作りが丁寧でしっかりとしていること、そして何年経っても使い続けられるようなデザインにすることを目指しています。流行にとらわれず、長く使ってもらえるデザインを心がけています。また、作品を見ているだけでも楽しめるようなものにすることも重要だと考えています。例えば、作品を見ているだけでもニヤニヤしてしまうような魅力的なデザインに仕上げたいのです。作品を身に着けることで気分が上がるのはもちろん、外したときにも美しさを感じていただけるようなデザインを目指しています。いろいろな楽しみ方をしてほしいですね。」天然石ということでやはり同じようなサイズ、デザインでも個性があるそうです。唯一無二の天然石だからこその面白さがあるのですね。 作品作りで一番楽しい瞬間は、石の自分にしか見えていない美しさを発見すること。また石にはその人が必要としているものを惹きつける力がある。その石と人との出会いが楽しみの一つでもあると。マルシェイベントにも多く参加されている柳沢さん。イベントではその場で石を選んでもらい、セミオーダーでアクセサリーを製作する。そうすると不思議なことに、その人がその時必要としている石を選ぶことが多いそう。天然石というとパワーストーンとして身につける方も多いが、柳沢さんも石言葉など石の持つ力を勉強しているが、お客様に聞かれなければお伝えしていないそう。「意味合いが先に来ると思考や欲が先に来ちゃう。石の持つ意味や目的にとらわれず、『なぜか惹かれる』という感覚を大切に選んでほしいのです。ただ何もお伝えしていないのに、その人が今必要としている石を選ぶことが多いんです。やはり石が大昔からお守りなどに使われてきたということはそういうことかな、見えない世界も大事にしたいと思っています。」 最後にお客様にメッセージを頂きました。「唯一無二の天然石のおもしろさ、美しさを楽しんでいただきたいです。気楽に日常に取り入れてほしいです。今回の作品は私の住む信州の美しさなどをもとに心象風景をデザインしました。お客様の思い出にもリンクできたら嬉しいです。」 今回お話を伺い、同じような風景や自然の美しさに共感していることに驚かされました。柳沢さんの作品に惹かれたのは、同じような景色を見、同じ美しさに惹かれていたからなのだと思います。長野の自然の美しさが感じられる唯一無二の天然石アクセサリーです。 文:臼田美穂
信州蓼科山麓でハラペーニョや食用ほおずきをつくる【ヤマザキ農園】 ~山崎茜未さん~
信州蓼科山麓でハラペーニョや食用ほおずきをつくる【ヤマザキ農園】 ~山崎茜未さん~
山崎さんに初めてお会いしたのは今から5年前、地域の竹細工教室でした。初めて訪れた際に、いろいろ教えていただいたことをきっかけにお話しするように。ある時山崎さんからご自身で栽培されたハラペーニョと辛みそを頂きました。ハラペーニョというとメキシコのイメージが強かった私は、寒い信州で栽培できるの!と驚いたものです。また激辛というイメージが強かったのですが、意外にも食べられる辛さ。実は日本でお馴染みの鷹の爪より辛さはマイルドなのだそう。 ハラペーニョに魅せられた山崎さんは「ついついつくりすぎちゃって。」と。地元の直売所などに卸すもまだあまりなじみのないハラペーニョはなかなか売れなかったそうです。なんとか消費できないかと考えたのが「辛みそ」信州味噌や砂糖、鰹節と混ぜることで、ピリッとした辛さがクセになる万能味噌に。もろきゅうやスティックサラダにつけたり、野菜炒めの調味料などに使ってもよいそうです。 そしてハラペーニョといえばサルサソース。このサルサソースをつくるため、まずハラペーニョのピクルスを作ったそうです。こちらのピクルスも辛いのですがついつい手が出る美味しさ。ハンバーグのつけあわせやスパゲッティやピザにタバスコ代わりに使うととても美味しいですよ。 サルサソースはあえてニンニクやパクチーを入れずさっぱりとした味わいに。そしてソースに入っている加工トマト、玉ねぎ、ニンニクも全てヤマザキ農園で獲れたものを使用しているそうです。わたしも定番のナチョスにつけていただいたのですが、とにかくあっさりしていて爽やかなトマト味にピリッとした辛さが美味しい。あっという間に一瓶食べてしまうほどでした。 また山崎さんが力をいれているのが、食用ほおずきです。まだまだ馴染みのない野菜ですがオレンジ色のかわいらしい姿とトマトとパイナップルをあわせたようなトロピカルな味わいに、サラダやデザートにトッピングとして使われることがあります。ビタミンCやカリウムも豊富で生のままでも、ドライやジュースにしても美味しくいただけます。ヤマザキさんはそんなほおずきの特徴を活かしたジャムを製作。鮮やかなオレンジ色に酸味のきいた爽やかなジャムが出来上がりました。パンにつけるだけでなく、紅茶にいれたり、ヨーグルトやアイスに合わせても。 そんヤマザキ農園の物語は、7年ほど前から始まります。それ以前はパート勤めをしながら農業を営んでいたものの、家の隣りの約600坪の畑に、さらに実家の近くの畑を3枚、親戚の畑を1枚借りて、多種多様な作物を栽培しています。それらの広大な畑を山崎さんお一人でやっているのだからすごい。また勉強熱心な山崎さんは有機農業やパーマカルチャーなどの会に参加したり、古来種の保存のために種の交換会などにも精力的に参加されています。とくに珍しい品種の栽培にも力を入れており食用ほおずきやハラペーニョ、佐久古太きゅうりを栽培している数少ない農家さんでもあります。その他にも調理用トマト、唐辛子、ナス、ピーマン、ズッキーニ、かぼちゃ、じゃがいも、ネギ、玉ねぎ、ニンニクなど、さまざまな品種がそろっています。 ヤマザキ農園の最大のこだわりは、農薬を一切使用しないことです。自然と共に共存し、環境にも優しい農業を心がけているそうです。農業の楽しみは何ですかと伺うと、「作物がどのように成長して実を結び、収穫できる瞬間を見るのは、本当にワクワクする瞬間なんです。」 また思い出深いエピソードを伺うと、地元メディアの週刊さくだいらに取り上げられことだそうです。「あの時は嬉しいやら恥ずかしいやら~。」と。メディアで注目されたことは、山崎さんにとって大きな励みと自信にになったようです。 最後に、ヤマザキ農園からお客様へのメッセージをいただきました。「心を込めて作りました。気に入っていただけたら嬉しいです。」農薬を使わず、安心して食べられる美味しい野菜を無添加でつくったジャムや調味料。ヤマザキ農園のこだわりと情熱を是非お楽しみください。   文:臼田美穂  
信州幻の米 五郎兵衛米を新しい形にプロデュース 【MAITUNE】 ~藤原尚也さん~
信州幻の米 五郎兵衛米を新しい形にプロデュース 【MAITUNE】 ~藤原尚也さん~
佐久市の「幻の米」 私が藤原さんと依田さんにお会いしたのは、佐久市の「幻の米」とも言われる「五郎兵衛米」を紹介するローカル番組の撮影時でした。その頃、私は「ii7GET」で五郎兵衛米を販売したいと考えており、ちょうど生産者を探しているところでした。依田さんが手がける「THE 五郎兵衛米 信州佐久オーガニック研究会」の存在を知り、ぜひ連絡を取ってみようと思っていた矢先の出会いでした。これは運命だと思い、思い切って声をかけさせていただきました。 生産者のTHE 五郎兵衛米 信州佐久オーガニック研究会の依田さん 最初に藤原さんに自己紹介をさせていただくと、なんとも気さくで人当たりが良く洗練された雰囲気。お話を伺うと、藤原さんはアパレル業界をはじめ、化粧品会社やプロスポーツチームのマーケティングにも関わる非常に多才な人物だったのです。そのような方がなぜ、佐久の地でお米のPRに関わっているのかと尋ねたところ、共通の知人に誘われてお米作り体験に参加したことがきっかけで、依田さんと出会ったとのことでした。 藤原さん自身、農業の経験は全くなく、初めてのお米作り体験はとても新鮮で楽しかったそうです。作業後に食べた五郎兵衛米の美味しさに驚き、このお米をもっと多くの人に知ってもらいたいと思ったそうです。しかし、世の中は、「糖質制限ダイエット」ブームで、お米を食べる人が減っていました。また健康的な食生活が失われつつある現状に、美味しいお米をきっかけに健康的な食生活の見直しができないかと考え、プロデュースすることを決意されたそうです。 現在佐久市に東京から移住した尾崎ご夫婦が、依田さんとともに「MAITUNE米」を運営されています。尾崎ご夫婦にもお話を伺いました。特に若い世代や都会に住んでいる人々がお米離れしている現状を知り、驚きました。私の周りにはお米を作っている家族や友人が多く、我が家でも年間150kgのお米を購入しているので、彼らの話を聞いて驚きました。しかし、現状をよく知っているからこそ、現代のニーズに合わせた新しい形でお米の魅力を引き出し、若い世代や都会暮らしの人々にも手軽に取り入れられる方法を作り上げているのだと納得しました。 「MAITUNE米」は、ひとりひとりに合った米食を提供し、持続可能で健康的な毎日を実現することをコンセプトに開発されました。パッケージは洗練されたデザインで、密閉チャックがついており冷蔵庫で保管できる。健康を意識した日々の暮らしに気軽におしゃれに取り入れて欲しいとの思いが伝わります。お米離れしている若い世代や小人数での生活にも取り入れやすいですね。 特に「MAITUNE BALANCEMAI」は、独自の精米割合により、白米の甘さと美味しさ、そして玄米の食物繊維豊富な低GI食品の良いところを兼ね備えた、MAITUNEだけのオリジナル米です。玄米の味が苦手だったり、炊く準備が面倒、といった理由でこれまで玄米食をはじめるのを躊躇していた方、 一度チャレンジしたけれど継続を諦めてしまった方に、お米の力をくらしに取り入れるきっかけになってほしいという想いで開発されたそうです。私自身も玄米が大好きで毎日でも食べたいと思っていますが、家族には玄米を出すと嫌がられてしまいます。やはり、毎日食べても、誰が食べても美味しいと思えるお米であれば、続けやすいのではないでしょうか。 MAITUNE米に使用されている「五郎兵衛米」、まだ知らない方も多いと思いますが、実は知る人ぞ知るわが町、佐久が誇る幻のお米なのです。その名前の由来となった市川五郎兵衛真親(いちかわごろうべえさねちか)は、私財を投じて約20kmにわたる五郎兵衛用水を築き、新田開発を行いました。この水源は蓼科山(たてしなやま)の標高約1900mから流れる清流で、強粘土質な土壌と相まって五郎兵衛米を育てるには最適の土地です。そのため、生産量が限られており、五郎兵衛米は「幻のお米」と呼ばれています。さらに、日射量が豊富で昼夜の寒暖差も大きいため、一粒一粒にしっかりとした粘りと甘みがあり、炊きたてはもちろん冷めても美味しく、お米本来のおいしさを堪能していただけます。 五郎兵衛米の栽培に日々励む依田さんに、五郎兵衛米の他のお米とは違う点やその理由をお聞きしました。蓼科山から贅沢に流れる天然水、全国トップクラスの日射量と昼夜の寒暖差、栄養を逃さない強粘土質の土壌。五郎兵衛米は、これらの恵まれた土地と環境、そしてさらに依田さんのお米作りに対する数々のこだわりがおいしさの理由とのこと。MAITUNE米の配合や精米度合いなども依田さん自らが研究の末に開発したとのこと。健康に良いだけでなく毎日食べ続けられる美味しさを追求されたMAITUNE米。佐久の風景を感じながら是非食べて頂きたいお米です。   文:臼田美穂