長野 杉桶仕込み醤油 【マルヰ醤油株式会社】
~社長 民野 博之さん~
長野県の北部、中野市にあるマルヰ醤油株式会社。3代目にあたる社長の民野博之さんに醤油蔵を案内していただきながら、醤油作りへの想いを伺いました。
伺った日はちょうど麦を炒る作業が行われていて、蔵に入るとまず香ばしい香りに包まれました。使用されている麦は信州産の「しらねこむぎ」という品種。甘みが多く、でんぷん質が豊富だそうです。
煎りたての麦を試食させていただくと、たしかに噛むほどに口の中にほのかな甘みが広がりました。マルヰ醤油は大豆も自社で生産し、すべての工程を自社で一貫しておこなっている、全国的にも数少ない醤油醸造所です。
創業は昭和22年。当時古くから醤油作りもしていた味噌蔵が、工程の多い醤油作りをやめるところが多く、それなら醤油作りをと民野社長の祖父が戦後に始めました。醤油作りになくてはならない杉桶は醤油作りから撤退した味噌蔵から譲り受け、古いものは明治2年に作られたものもあるそうです。
杉桶が並ぶ蔵に案内していただくと、明治期のものと判別できるものがいくつかあります。それらの杉桶は長年仕込んできた醤油の旨味や発酵をつかさどる良い微生物たちに守られているそんな趣がたっぷり。こんな杉桶で仕込まれているのだから美味しくないはずがありません。
現会長は東京農業大学醸造学部卒業の研究はだ。会長になった今でも毎日蔵で研究を続けているそうです。多くの醸造所が麹を作る工程で機械化がすすんでいる中、会長はやはり五感を大切にした醸造にこだわっています。現在でも「麹を仕込むときは夜中にも様子を見に来ている。」と、若い社員の方が楽しそうに答えてくれたのが印象的でした。やはり数値では測ることができない、経験や感覚を大切にし、また若い方にも受けつながれている素敵な醸造所だなと嬉しくなりました。会長は味見をするだけで、どの杉桶で仕込まれたのか、また味の違いが何に因るものかがわかるそうです。やはり長年現場に出、研究しているからこそわかる技なのかもしれません。
民野社長はもともと食品問屋に勤め、経営に携わっていました。30歳を目前に、現会長の体調不良もあり、急遽会社を継ぐことを決意。当時はデフレ真っ只中、醤油業界も質よりも安くてなんぼの時代でした。価格では大手の会社にはかなわない。でも経営を学んでいたころこそ、何かルートがあるはずだという自信があったそうです。「東北大震災が起こり、そのあたりから人の意識が大きく変わったんじゃないかな。人とのつながりや土地とのつながりを大切にする人が増えてきたよね。地元の味、おふくろの味への共感が高まってきたんじゃないかな。」確かに醤油は日本人にとって大切な調味料。また同じ醤油でも地域によっても味は異なる。だからこそ、大手にはない地元の醤油屋さんにできることがあると気づいだそうです。最近ではSNSなどで地方にいても広く発信できる時代になったことも後押しに。「広いグランドでピンポイントでつながりやすくなりましたよね。だからこそ、うちのようなニッチな商品を売りやすくなったと思います。」
マルヰ醤油では2017年に海外への販路を広げます。実は私が民野社長と初めてお会いしたのは、台湾のデパート。信州フェアで来台されていたのです。信州の醤油があったことに、懐かしくまたつながりを感じました。民野社長は訪米時に、あるとても印象深いエピソードがあるそうです。「ある老夫婦が来てうちの醤油を飲んで、これは醤油じゃないといったんだよね。彼はいつも大手醤油メーカーの物を使っていたのだけど、それとは味が全然違う。だからうちのは醤油じゃないって。日本でも本物の醤油がわからない人が多いのではないかな。旨味に鈍感になっていきているよね。」確かに生産性や安さを求めるために、長く発酵の時間がかかる醤油は多くの添加物で醤油らしいものになっているものも多い。それらには自然の微生物の力で、時間と共に醸し出される旨味は出せないのではないでしょうか。
民野社長にこれからの展望を伺うと、もっと杉桶を増やしていきたいとのこと。やはり杉桶には醤油の旨味となる微生物たちが育ちやすいそうです。最近では杉桶に住む乳酸菌の一つを使い大学と共同で商品開発をされているそうです。また新たに醤油粕を葡萄農家や稲作農家に卸すことにも取り組んでいます。醤油粕を使用することで果物や米が美味しくなるそう。SDGsにもつながる取り組みですね。
最後にお客様へのメッセージを伺いました。「私どもはワクワクして仕事しているか?を大事にしています。これはどんな醤油になるんだろうとワクワクしています。ワクワクしながら楽しんで作った醬油はやはり美味しいんです。是非ご賞味ください。」
社長に美味しいお醤油の食べ方をお勧めしていただきました。「たきたてのごはんにかけて食べるのが一番ですね。会長は醤油を20-50倍に薄めて飲んでいます。薄めて飲むと隠されていた醤油の本質部分がわかるそうです。是非飲み比べもしてみてください。」
信州のおいしい水で長野県産の大豆・麦を使用し、杉桶で仕込まれた本物のお醤油。是非ご賞味ください。
文:臼田美穂